フリーランスティーチャーとして活躍している田中光夫さん。昨年はBeingにエッセイ「フリーランスティーチャーという生き方」を寄稿していただきました。「これからマーシャル諸島共和国に行ってきます!」という文章で締めくくられていた田中さんにその後のお話を伺いました。
マーシャル諸島共和国に図書館を
ーーマーシャル諸島共和国はいかがでしたか?
マーシャル諸島共和国には、アメリカ合衆国が水爆実験を行ったビキニ環礁があります。その実験によって多くの人々が被爆し、現在もアメリカ合衆国からの補償金を受け取っています。その補償金額は国家予算の70パーセントを占めています。国内における教育についてもアメリカ合衆国からの支援に頼っています。その制度維持のために卒業率を上げることが求められ、学力が身についていなくても卒業させてしまいます。
「その悪循環を断ち切るために幼児教育、初等教育を充実させる必要がある」というのがマーシャル諸島共和国でのプロジェクトのきっかけでした。現地で教育活動を推進するためには、まず地域の人の理解を得る必要があります。そのために、多くの子どもたちが気軽に学ぶ機会を得られる図書館をつくろうということになりました。
昨年度、1年間のうち6ヶ月間、ボランティアとしてお手伝いに行き、今年3月、無事に現地に図書館を建てることができました。これを来年以降も運営していくために別のアクションを起こしています。前回はクラウドファンディングでご支援いただきましたが、今後はNPOの自助努力でやっていこうと思っています。
困っている人を助けたい
いままでの公務員という立場は、手綱がどこかにつながっている感じがありました。振り返ると、そのおかげでチャレンジできたこともたくさんあります。フリーランサーになった現在はというと、これまで私を支えてくれたよりどころがなくなってしまった分、自分で自分をコントロールしなくてはならなくなりました。
自由になったことで、やりたいことが自由に選択できる分、どこに軸を置いて活動したらよいか迷うこともあります。でも基本的には「教育に携わる仕事を続けていきたい」と思っています。
現在は日本で活動しているので、いま住んでいるこの地域の子どもたちの助けになりたいと思っています。地域の学校には、様々な原因によって先生が足りなくなり困っているクラスがたくさんあります。そのようなクラスの子どもたち、先生方を助けようという「フリーランスティーチャー」という働き方をしていますが、それが軸足になっています。
多少の不安もありますけど、次にどういうところでどんな出会いがあるかという期待の方が大きいです。
若い人たちの先生離れ
ーー田中さんはいろいろな形で発信をしていますが、それはどんな気持ちから発信していますか?
教員の魅力を伝えたいです。ここ数年、大学で勤務する機会が何度もありました。教育学部の学生さんたちと話をしていて感じるのですが、教員を目指そうとっ教育学部に入った学生さんたちも様々な媒体を通して学校現場の現状を見聞きするうちに「先生になるのはちょっと私には無理かな」と進路を変える人がたくさんいるなぁと。
教員の魅力を伝えたいと思ったときに、10年以上前に亡くなった父親が話していた仕事の3つの条件の話を思い出しました。それは「自分が好きな仕事、人のためになる仕事、生活できるだけの報酬が得られる仕事が見つかるといいね」というアドバイスです。この3つがあると長続きする、しかもその仕事の魅力を他の人に勧めることができるよという話でした。
僕にとって学校という場は自分の好きな働き場所だと感じています。子どもの力を引き出す手助けをすることができて楽しいです。自分の経験を他の先生に伝えることもでき、やりがいがあります。報酬は、公務員のときはこんな楽しくてボーナスまであって、貰い過ぎているかもなぁと感じていました。
いまはフリーランスティーチャーになり、たくさんのお金を稼ぐことよりも、時間あたりの時給を上げるにはどうすればいいのかを考えています。いま、時給2,500円くらいですが、労働時間が決まっているため、残業するとどんどん時給が下がります。どう工夫したら勤務時間内により価値ある仕事をができるか、パフォーマンスの向上ができるかを考えるのは自分には合っていると思います。
ワークライフバランス
ーー田中さんは先生の仕事が好きなんですね。
先日、教育雑誌からワークライフバランスについての原稿依頼を受けました。いままでは先生の時短術や定時に上がれる仕事術を発信していましたが、ワークライフバランスについて考えてみたら、ワークとライフは同じ土俵にあるのではなくて、ワークはライフという大きなくくりの中の構成要素のひとつだと思ったんです。
ライフの中にはその他にも、ファミリーや趣味やサークルなどがあります。ワークがあまりにも大きいから、仕事と人生を天秤にかけてしまいがちですが、それは違うのではないかと。
働き方改革も、どうやったら残業しなくて定時に帰れるかではなく、どうやったら一時間あたり、よりよい働き方ができるか、もっと前向きに働けるかを考える方が本来の働き方改革なのではないかと思います。
若い先生による「仕事がしんどい」「辞めたい」というツイッターの投稿を毎日のように見ます。そこを助けてあげられるようなことをしたいですね。
ーー助けてあげたいという気持ちがあるんですね。
僕も「教員を辞めたい」と悩むほどしんどいことがたくさんありました。だけど多くの人たちの支えによってなんとかサバイバルしてきた一人です。サバイバルして見えてきたこと、出会ってきた人たちの価値を知っているからこそ、しんどい思いをしている人を助けていきたいと思うんです。
ーーどうしたらサバイバルできるんですか?
僕は人との出会いが大きかったですね。職場の同僚の先生にたくさん助けられました。職場の先生とどう関係をつくるかは大切ですね。
リーダーのあり方
自宅で「言い値でセミナー」を開催しています。ネットの世界のオフ会のようなもので、ツイッターなどで告知しています。
「言い値でセミナー」では先生に役立つ知識の伝達や学ぶ場の提供をしていますが、先生方同士に繋がってもらいたいと願っています。僕が一方的に知識を伝達するのではなくて、遊んでもらう、話し合ってもらう、楽しんでもらうということを目的にしています。それらを通して自然にコミュニケーションが促進されることを体験すると「またあの先生と一緒に何かやりたいな」と繋がりが広がります。4時間の中で僕が話すのは1時間くらいですね。
ーーつながりをつくりたい気持ちはどこから?
自分の得意なことを知り、できない部分は助けを求め一緒にやっていく、みんなで組織をつくっていく「リーダー2.0」がこれからの時代に必要だということを落合洋一さんの本を読んで知り、自分はいままでリーダー1.0だったんだと気づきました。
これからは自分に足りない部分を補ってくれる人を探したり、逆に足りなくて困っている人がいたら助ける側になりたいと感じるようになりました。そんな中でよりよい価値を広げたいと変わってきたのかもしれません。ツイッターでの発信ややりとりはその思いを叶えるためにいい場所だと思っています。
私が実践している「協同学習」では、「互恵的協力関係」を大切にしています。日常のあらゆる場面で「お互いのためになっているかな?」というwin-winの関係を目指そうというものです。PA(プロジェクトアドベンチャー)のフルバリューコントラクトの哲学もそうですが、相手の価値を尊重するという生き方を協同学習やPAから学ぶうちに、より「困っている人を助けたい」という気持ちが強くなったんだと思います。
セルフ・プロデュースのあり方
ーー田中さんが田中さんの価値をつくっているんですね。
セルフ・プロデュースというのはすごく難しいなと思います。いままでは公務員教師の田中光夫として教育雑誌などに出ていましたが、公務員を辞めたあとに、「公務員教師ではない自分って何なんだろう?」と考えました。自分を称するもの、言葉がなかったんです。セルフ・プロデュースしなかったら、ただの「講師」になってしまいます。
困っている人がいたらフットワーク軽く助けに行ける先生だから、自分で「フリーランスティーチャー」という名前をつけたんです。名前がつくと、「フリーランスティーチャーって何ですか?」と興味を持ってきいてくれる人が出てきて、そこから話を始めることができます。そういった意味で、フリーランスティーチャーという名前が、セルフ・プロデュースになっています。
自分自身を形づくるというのは非常に難しいことです。下手したらナルシストっぽくなってしまいますし、周囲から引かれてしまいます。僕は絶対そういうことはやってはいけないと思っているし、できるだけ謙虚でいたいです。
ーーどうやったらセルフ・プロデュースはうまくいきますか?
例えばドラえもんに出てくるスネ夫くんが「うちのパパがー、ハワイがー」と自分が努力していないことを自慢して反感を買いますよね。一方で自分が努力して、自分が好きなことを形にしてきた、さかなクンが、「僕はこれだけ魚に詳しいんですよ」と言っても自慢ととられない。なぜならそれは彼が努力をしてそこに至ったのをみんなが知っているからです。
僕もそういうプロセスみたいなことを知ってもらうことで、自慢ととられないようにしたいです。セルフ・プロデュースという意味では、丁寧に、勘違いされないように伝えていきたいです。成功体験を語りがちですが、失敗談も織り交ぜながら自己開示していきたいです。
まだ誰もやっていないことを
ーーこれからどんなことをやっていきたいですか?
来年以降やってみたいことはいっぱいあります。
いま、学校現場の講師不足は深刻です。担任がいないクラスがたくさんあるので、それを多くの人の力で現実的に支援できないかと考えています。
具体的には、担任をできる人を講師として自治体・学校に派遣するNPOをつくれないかなと考えています。それは誰も手をつけていない分野です。外国語の先生は人材派遣会社のようなところから派遣されています。それと同じようなシステムで、ちからを持っている人をたくさんプールできるようなNPOをつくったら役立てると思うんです。それはフリーランスティーチャーの僕がやるべきことかもしれないし、僕しかできないかもしれないと思っています。
ーーそれができたら面白そうですね。
やりたいと言ったら、いいねと言ってくれる人はたくさんいると思います。でもそんなに簡単なことではありません。でもそれが人の助けになるんだったら、やったら面白いと思うんです。
ーーまた新しい挑戦ですね。
あとは日本では学校に行けない、行かないという選択がネガティブに捉えられていますが、海外ではホームスクーリングはかなり一般的です。東京都はフリースクールなどがたくさんあって選びきれないくらいですが、地方にはあまりありません。
遠隔地でもインターネットなどで学んだり、もっと学びたいという子を教えられるような環境をつくりたいと思っています。いまもyoutubeなどでいろいろな勉強ができますが、もっと一人ひとりに合ったものを提供できる仕組みをつくりたいと思っています。
そういうニーズを叶えていくためにちゃんと考えていきたいので、熊本大学のeラーニングの修士課程で学びのシステムを考えたいです。学校に行かない子が胸を張って、「僕、インターネット授業で学んでいるんですよ」と言ってもらえるようになりたいです。
また、世界中にある日本人学校でも教員が足りないと知りました。特に東南アジア圏には数千人規模の小中学校がいくつもありますが、子どもが多い分、教員の数も非常に多いです。文科省の派遣制度が認知されていますが、日本国内でも教員が足りない状況ですから、それだけでは人材の確保ができないため、「現地採用」という制度で教員を集めています。これは、教員免許状を持っている人が各国の日本人学校と直接やり取りをしたり、帰国子女支援財団を通して派遣されたりという採用方法です。
子どもたちは世界中にいますので、日本人学校の教員にもチャレンジしてみたいです。
ーー新しいことを始めるときはどんな気持ちですか?
自分にアイデアがあったり、やりたいことがあったときに、助けてくれる人がいたら一緒にやっていったらいいのかなと思います。
いまはフリーなので「いまだ!」と思ったら乗っかることができます。チャンスの神様は前髪しかないと言いますが、まさにそうだと思っています。いろいろな話が来ますが、面白そうだなと思ったときにすぐに飛び乗れるような、自由な心と体でいたいですね。
ーーどれも面白そうな中で、これだ!という決定打を掴むのはどんな風に?
自分が楽しいことじゃないとダメだと思うんです。自分が楽しいと思えれば発信もできるし、魅力も伝えられます。あとは人のためになっているかという点をすごく大事にしています。自分が楽しかったらそれでいいんだ、と自己満足で終わっていたら誰にも響かないと思うんです。もちろん報酬も大事ですが。
振り返ったらいろいろな選択肢がありましたが、いま自分が選んでいることが間違っていないと思うんです。自分で選んだからには自信を持って生きていきたいと思います。
(インタビュー:寺中有希 2019.6.5)
プロフィール
田中 光夫(たなか みつお)
昭和53年生まれ 札幌市出身
東京都公立小学校教員として14年間勤務後退職、フリーランサーの教員になって4年目。公立私立合わせて9校で病気休業教員に代わり学級担任を行う。
昨年度は、NPO法人「GROWMATE」理事として、代表進藤純子と共に6か月間にわたりマーシャル諸島共和国でのボランティア活動に従事。マーシャル諸島共和国初となる私設図書館の設計・施工を行う。
今年度は5月の1か月間都内小学校で病休代替講師、7月からは1年生担任として講師を務める。
Twitterにて日々の実践を公開中。https://twitter.com/kariageshokudou
Amazonにてkindleアプリで読める電子書籍雑誌「AND ON」を出版中(現在vol.3まで出版)http://u0u1.net/cHWZ
著書
「豊かな感情が育つ!論理的思考力が身につく!音読指導のアイデアとコツ」(ナツメ社)
「みんなで成功させる!学芸会づくりの指導のコツ」(ナツメ社)