インタビューvol. 28 柏木智帆さん「お米を、もっともっと! 」



お米ライターの柏木智帆さん。「United Riceball」ー2つの国のお米を混ぜたおむすびが、2つの国をむすぶというイベントで、お米のコーディネートをしていた柏木さんが、イベントのトークの中で、掘っても掘ってもまだ掘り足りない!という様子でお米の魅力を語っている姿が印象的でした。柏木さんの嫁ぎ先、つちや農園さんがある、福島県猪苗代湖畔でお話を伺いました。

米づくりの現場に立つ

ーーお米を好きになったきっかけは?

私は神奈川新聞の記者でした。丹沢山の麓の地域にあるひとり支局で住み込みをしていたことがありました。周りは田んぼばかりで、季節ごとにどんどん変化していく稲の姿をみたり、米農家さんを取材する中で、少しずつお米について調べ始めました。

お米はただの農産物ではなくて、日本の季節行事や人のつながりなど、いろいろなものをつくってきた、私達の根っこのものであって、ただ食べるものではなく、すごいものなんだなという魅力に気づきました。

その後、新聞社で農水省を担当していたときに、農業をやったことがない人が農業政策を考えていることに違和感がありました。そして自分も農業をやったことがないのに、農業の記事を書いているなと気づいたんです。自分も現場に立つ人間になりたいと思って、新聞社を辞めて移住・就農し、お米をつくり始めました。

お米ライターへの道

中古の軽ワゴンを改造してキッチンカーにして、自分でつくったお米を使って、おむすびを売っていましたが、私は経営が下手くそでした。

いいものをつくりたくて、材料にこだわり、軽ワゴンの中で特注の土鍋でお米を炊いていました。でも「ハレ」の食べ物ではなく、「ケ」の食べ物として楽しんでほしいという思いから、安くしちゃうんですよね(笑)。そうすると全然稼げなくて、やる度に赤字で(笑)

続けていくのは無理かもと思ったときに、車が煙を吹いて廃車になりました。これからどうしようと思ったとき、結局私ができることは新聞記者で、取材して記事を書くことしかないと思いました。なので、お米のことを書いて伝える人になろうと思ってフリーライターになりました。

当たり前ですが、私がいくらお米の記事を書きたいと思っても、何から始めればいいのかわかりませんでした。最初の仕事は、お米とは関係ありませんが、ありがたいことに元の新聞社が外注してくれたライターの仕事でした。

それから、とにかくお米の仕事がしたかったので、お米に関する集まりにはどこへでも行きました。そんな中でいくつかのご縁が重なり、少しずつお米の仕事をいただけるようになりました。

美味しいお米

ーー本当に美味しいお米を食べたことがない人も多そうですね。

そうかもしれません。「お米って美味しいとかまずいとかあるの?」と言っていた人がいるという話を聞いて驚きました。

お米は、あって当たり前なんですよね。「今日の夕ごはんは、肉、魚、何にする?」とは言いますが、「今日の夕ごはんのお米、どの品種?誰のお米を食べようか?」とはならない。主食なんだから、もっとみんなに関心をもってもらいたいなと思います。

ーーお米への興味は尽きないですか?

お米のことは、たぶん難しすぎてわからない。死ぬまで研究し続けてもわからないのではないかと思います。

お米は育種されたものを栽培、乾燥、籾すりして、精米します。精米もただ精米機に入れればいいわけではなく、米質に合った精米しないと美味しく食べられないんです。

炊飯もお米の保存もすごく奥が深いです。お米にまつわることにはいろいろな工程があるので、それぞれを突き詰めていくと、本当に興味が尽きません。お米とひとくちに言っても、糯米も酒米もあり、世界には長粒種、中粒種もあります。本当にいろいろな種類があるのです。

お米を再興する

お米は国内だけではなく、海外にもありますが、私の狙いは日本のお米の消費量をアップすることと、日本のお米の食文化を見直して再興することにあります。

海外の食文化を知ることによって、外からの目で日本の食文化の魅力に気づいたり、ポテンシャルに気づくことができます。日本がいいから日本だけを見るのではなくて、海外も見たうえで日本を見ることには、すごく意味のあることなんじゃないかと思って、海外にも自腹で取材に行っています。

ーー外から見て、日本の魅力だなと思うところは?

たとえば、白ごはんだけで食べるという文化は世界にはほぼないので、日本は独特だと思います。。白ごはんを食べる国でも、ごはんには具をぶっかけます。駅弁は台湾にもありますが、台湾の駅弁はごはんの上に具が全部のっていますし、幕の内弁当的なセパレートタイプは日本独特です。幕の内や塩むすびのように、米そのものを味わう文化は他にあまりないと思います。

「口中調味」と言いますが、ごはんを食べて、おかずを食べて、口の中でごはんとおかずを味を調整して食べるのも日本特有だそうです。海外の方は口中調味がなかなかうまくできないから、ぶっかけて食べたり、ごはんを調味するというのをきいて面白いなと思いました。

お米に救われる

ーーもともと食全般に興味があったのですか?

お米は普通に好きで、ここまで特別に好きということではありませんでした。食べることに関しては、大学生くらいのときからとても興味があって、本棚はほぼ食に関する本でした。でも20代はずっと摂食障害、拒食症だったんです。食に対して考えすぎてしまって、ある意味、食依存症でした。

ーー添加物などが食べられないという感じですか?

それもそうでしたし、自分がこれはダメだと思ったものは食べられなくなってしまいました。でも、普通、拒食症の人は炭水化物を避ける傾向にあるのに、私はお米は安心して食べていたんです。白い米というものにすごく安心感を感じていました。お米だけはちょっとですけど、食べていたんです。お米に救われたような気がします。

ーーそのとき、お米は美味しかったのですか?

美味しかったですね。お米は自分の中で神聖なものでした。大事な食べ物だという認識があって、安心して食べていました。

ーーその気持ちはどこからきているんですか?

ちょっと「自分宗教状態」になっていたんだと思います。病気だったので、「こうあるべき」ということに囚われていました。日本の食文化はこうあるべき、自分はこう生活するべきと考えすぎていました。

知りたい欲

ーーもう一度、お米をつくることに没頭したいという気持ちはありますか?

私はお米の栽培だけでなく、お米全般に興味関心が強いですが、とりわけ、米食文化に興味関心が強いように感じています。そして、お米に関するあらゆることが知りたい。新聞記者時代も、人に伝えたい欲よりも、自分が知りたい欲が強かったです。

いろいろな人に会って、いろいろなものを見て、いろいろ知りたいと思うタイプなので、いろいろ見て回りたいし、とにかくいろいろ知りたいです。

欲を言えば両方やりたいですが、農業も取材もできるほど甘くありません。ただありがたいことに、取材先に嫁いで、夫が農業をがんばっているので、情報や知識の交換、研究、学び合いができて、いま、すごく楽しいです。

ーー知ると伝えたくなりますか?

伝えるために取材すると言うよりは、知りたいから取材に行って、取材に行ったら、「うわ!めっちゃ面白い!」と興奮すると、「きいてきいて!」と伝えたくなります。自分が興味のない取材にはあまり食指が動きません。

お米の個性

ーー私自身は品種や産地などの情報も見ますが、それよりも、この人が好きだから、その人のお米を買うという買い方をしています。

お米はつくり手の人柄が出ます。夫とも「美味しいお米をつくるためには自分磨きも大事だね」「素敵な農家さんだとやっぱりお米にいい”気”があるよね」と話しています。

人に対する誠実さがお米に出るような気がします。お米は生産者を映し出すので本当に面白いんです。

同じ品質でも、地域や田んぼによって味が変わります。その生産者らしさが出ているお米に出会うこともあります。いい意味でクセのある、研究熱心で面白い農家さんだなという人のお米には、面白いクセがありますね。そういうお米を食べると、夫と一緒に「さすがだなーあの人は!」と興奮します。

深い!お米の世界

ーーお米の世界は深いのですね。

深いです!深すぎて、毎日炊飯の実験です(笑)

ーーお米のことで、いま一番興味があるところはどこですか?

生活者に食べてもらうことがすごく大事なので、一番興味が高いのは炊飯の部分です。あとは米の質の見極めや精米にも興味があります。精米によってどれだけ味が変わるのか、炊飯水の温度によって炊きあがりどう変わるのかなど、興味は尽きません。

マスコミが「こういう炊飯がいい」と言うと、その方法が広がりますが、私はちゃんと実験をして、本当に美味しい炊飯を探りたいです。

面白がっていく

ーー今後やりたいことは?

すごくいっぱいありますが、炊飯の研究はずっとしていきたいです。あとは精米はプロの技ではあるんですけど勉強していきたいですし、世界のお米の取材はずっと続けていって、もっと日本のお米の魅力を掘り起こしていきたいと思います。

「United Riceball」のイベントでは、日本と特色の違うお米をどうやって一緒にするかということを考えました。日本のお米とスペインのお米の特長をしっかりと把握して、お互いの米のポテンシャルを掘ることができて、とても勉強になりました。

多くの人たちに「お米って面白いな」と思ってもらえたらすごく嬉しいですし、お米はいい意味でもっと遊べると思います。

生産側として「よいお米ができたぞ、やりきったぞ!」と思っても、その後の乾燥や保管、炊飯で味が変わってしまったら、田んぼで生まれたお米本来のポテンシャルが下がってしまうんです。せっかく高いレベルのお米が誕生したのに、その後の扱いで低いレベルで食べられてしまったらもったいないです!

そのポテンシャルを活かせるような炊飯ができるように伝えていって、みんなに「お米って美味しいよね」と言ってもらいたいです。

ーー「お米でもっと遊べる」はいいですね。

面白いと思うんですよね。お米にはいっぱい品種があります。同じ品種でも地域や生産者や田んぼでも違うし、お米料理も炊飯の道具もたくさんありますし、ブレンド米の可能性もあります。だからお米の魅力をもっともっと知ってもらえたらいいなと思います。

お米の品種は、競馬のように、系統図があって、この米の親はこれとこれで、それを遡っていくとこれが親と親でということを見ることができて面白いんです。

1つの品種をつくることはすごいことだと思います。それは10年近くの時間をかけて、その時代の味をつくることを意味します。いま生み出されたお米が、後のすごい品種の親になることもあります。そういう壮大なロマンもお米に感じています。



(インタビュー:寺中有希 2019.7.15)



プロフィール:

柏木 智帆(かしわぎ ちほ)

お米ライター。元神奈川新聞記者。お米とお米文化の普及拡大を目指して取材するなか、お米農家になるために8年勤めた新聞社を退職。2年にわたってお米を作りながらケータリングおむすび屋を運営した。2014年秋からは田んぼを離れてフリーランスライターに。お米の魅力や可能性を追究し続ける、人呼んで「米ヘンタイ」。

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