早稲田大学教授、特定非営利活動法人ECOPLUS代表理事の高野孝子さん。冒険家として、環境教育、野外教育の先駆者としてなど、さまざまな顔をお持ちですが、その根底にある共通する思いについて伺いました。
サステナビリティを学ぶ
ーー高野さんがいまメインでなさっていることは何ですか?
最近は時間的にもエネルギー的にも大学ですね。ハタチ前後の学生たちと関わっています。多い授業では150人ほどいますが、できるだけ参加型、体験型の授業にできるようにしています。
ゼミでは、「サステナビリティ」というテーマに賛同して入ってくるので、できるだけ本質的なことに気づいてもらいたいと思っています。本質的なことというのは、自然と人との関係であり、それは体験してみないとわからないものです。それを教室内ではどんな風にしたら学びが深まるかというところを自分でつくってみたり、学生たちと一緒にやったりしています。
ーーサステナビリティについては、どんなことを学んでいる感じがしますか?
それは学生たちにもきいてみたいですね。ゼミではそれぞれテーマを持ち、持続可能な社会を構築していくために自分が何ができるか、いまどんなレベルで誰が何をしているかということを考えていきます。卒業した後もそういう思考は自分たちの一部になっているはずです。これまで学んで築いてきたことを、どのようにして現実に落としていくかということを考えているのではと思います。
ーーこれだけは持って卒業して欲しいというものはありますか?
いろいろな視点があると思いますが、人は自然に生かされているということをちゃんと理解していってほしいなと思います。
ーー自然に生かされているとは、どんな感じですか?
例えば空気、水、微生物・・・。全て地球の循環システムの中にあるものです。人間が空気を汚染していったら水も土も汚れていきます。
人間が食べているものには全て何かしら自然と関係していますよね。水や食べ物がないと物理的に生きていけないので、それらに対して手を加えるということは、下手したら自分の首を締めることになり、さらには自分の孫の首を締めることになります。そういったさまざまなつながりや関係性を理解してほしいです。
おかげさまの世界
「サステナビリティ」というのは、自然環境のことだけではありません。人や動物、植物などとも関係し合っています。だから「おかげさまを忘れないでね」と学生たちに伝えています。
私たちは一緒に同世代を生きている先輩や家族、いろいろな人のおかげで生きています。自分だけよければいいというような考えにならないでほしいです。
またゼミでは「このゼミにどんな貢献ができるか」「今後、自分がよりよい学びの場づくりに貢献できること」を常に問うています。言語化することで学生の意識が少し変わってきますね。
ーー「おかげさま」という感じは高野さんの中にベースとして流れているものなのですか?
それはもうずっと昔からあります。私が育ったところは田舎なので、お稲荷様があったり、いろいろな行事がありました。うちの地域は修験と言って、山伏のいる地域なので、そういう人たちがしょっちゅう出入りしていて、木にも山にも岩にも全部神様がいて、そういったものに囲まれて生きているという感覚がありました。
また、30歳くらいになって、自分がいままで好きなことをやってこれたのは、本当に皆さんのおかげだったと強く思いました。
本気で願うこと
ーー高野さんはさまざまなことを体験されてきていますが、それを見つけ出す原動力はどこにあったと思いますか?どういう風にいろいろなものと出会って来ましたか?
「やりたい」と本気で思っていたり、「やりたい、やりたい!」と言っていると、近づいてきてくれますね、ご縁が。だからまずちゃんと思うことが大事です。
「やりたいと思い続けていれば、必ずできるようになる」とよく言っていました。私は本当にそう思っていたので、「やりたい、やりたい!」と言っていれば、時間はかかってもやりたいことができたり、それに近いことをできるようになったりすると思います。
言い続けていたら、道が見えてきます。見つけたら「いまだ!!」と飛びつきます。それもおかげさまのご縁だと思います。
想像するちから・共感するちから
ーーご縁、つながりを大切にされてきたのですね。
いつもつながりがありました。でも自分勝手だったらそのご縁はでなかったかなと思います。ちゃんとおかげさまを認識をしてお返しをしていくから、チャンスがもらえたのかなと思います。信頼できないやつにはご縁はないのではと思います。
自分がいろいろなところで学んだことは、常に誰かに返そうと思っていました。自分は北極などで死んでもおかしくなかったので、いま生きて何かするのは、おまけみたいなものです。だから何か役に立つことをしたいと自然と思いました。
学生たちには広い視野やフェア(公正)に考える、自分に見えないものを見るちからをつけてほしいと思っています。さまざまな物事を想像する、共感するちからを身につけて欲しいです。
ーー想像するちからや共感するちからはどうしたら身につきますか?
体験が大切です。体験して困らないとなかなかわからないと思うんです。だから野外でのシンプルな活動には、価値があると思います。授業の中でもできるだけ想像してもらうためにできるだけ映像や体験を取り入れています。
例えば35人くらいのクラスで、3人、14人、18人のグループに分けます。それぞれのグループにお菓子を渡すんです。18人グループにはお菓子がほんの少し。14人グループには1割くらい。3人しかいないところに9割くらい。富の分配についての体験ですが、本当に食べられるお菓子なのでちょっとリアルに感じられます。
「それでどうする?」ときくと、みんな正直で、「わけたくないって思っちゃった」「自分たちで精一杯だからわけられない」「家族が飢えていたら戦う」というような意見が出ます。そうやって想像していくことが大切なんです。
これから
ーーこれから先にやりたいこと、未来のビジョンはありますか?
もう少し、地域に関わりたいです。地域にはすごいポテンシャルがあるので、何かできそうだと思っています。少なくともいま住んでいる場所を元気にしたいですし、関わりがある自治体とも一緒に取り組んでいきたいと思います。
私は人と関わって仕事をするのが好きです。それは自分にちからがないからなんですけど、いろいろな人が集まって何かできると楽しいですね。困っていることや課題に対して、いろいろなちからを出して、もっといい状態にすることにすごく興味があります。
あとは漠然とですけど、フリースクールみたいなものにも興味があります。教育的な活動をひとりでするならエコプラスで十分なんですけど、不登校の子たちをはじめ、もっと自由にいろいろな学び方があるのではないかということを問うのなら、もう少しレベルアップしたいです。それにはひとりではだめで、いろいろな人のちからが必要です。いまはそういうネットワークがないので、まだ何も定まっていないんですけど、自分が生きるような、自分が役に立つことはないかなと探している感じです。学びの場づくりにはずっと関わってきたいですね。
ーー学びの場づくりの面白さはどんなところにありますか?
人が何かを得て、ただ楽しいだけではなくて、成長すること。子どもでも大人でも、「初めて気づいた」という場面に立ち会えるのがすごく面白いです。ちょっとでもその人の人生が豊かになることが、あわせて社会が豊かになることにつながっていると思います。
ーーずっと学びの場をつくってきたということでしたが、これからつくりたい学びの場はどんな場ですか?
いくつかのことはできていると思うんですけど、まだ本当に届いてない感じがします。本当にまだまだいろいろな多様な学びの場が必要だと思うので、どうしたらもっと場から学べるようになるかを考えています。
世界を見ていると、場の教育というものの成果というのが出ていて、学びの場に関わっている人たちが、社会や環境をどうしたらよりよくなるかを考えて、実際に行動を起こしているんです。
日本ではそういうことが全然ないので、どうしたらそうなっていくのかを考えていきたいです。全部を見ているわけではないのでわかりませんが、自然学校なども個人の体験で終わってしまっていて、社会との関わりがあまりないように思うんです。
どうやったら体験的な学びを社会とリンクさせられるか、小さな規模ではなく、もっとそれぞれの人の社会に広げていくにはどうしたらいいだろうということを考えています。
(インタビュー:寺中有希 2019.7.10)
プロフィール:
高野 孝子(たかの たかこ)
NPO 法人エコプラス代表、早稲田大学教授。
教育学博士(エジンバラ大学Ph.D.)
世界で初めてロシアからカナダまでスキーと犬ぞりとカヌーで北極海を横断。1990年代初めから「人と自然と異文化」をテーマに、地球規模の環境・野外教育プロジェクトの企画運営に取り組む。体験からの学びを重視し、「地域に根ざした教育」の重要性を提唱している。
社会貢献活動に献身する女性7名に向けた「オメガアワード2002」を緒方貞子さんや吉永さゆりさんらと共に受賞。環境ドキュメンタリー映画「地球交響曲第7番」に出演。
著書:
『てっぺんから見た真っ白い地球―女性冒険家の北極物語』(ジャパンタイムズ ,1993年)
『科学絵本 われら北極探検隊』(小学館, 1996年)
『野外で変わる子どもたち―地球は彼らの学校だ』(情報センター出版局, 1996年)
『ホワイトアウトの世界で―北極海横断・犬ぞりの旅 (Pimple note) 』(国土社 ,1998年)
『地球の笑顔に魅せられて 冒険と教育の25年 』(海象社, 2010年)
NPO法人エコプラス http://www.ecoplus.jp/