自分の舟で生きていく

writer: 武田 緑

多様な人に開かれた場

つい先日、10年間続けてきた自分の団体の代表を降りた。
前副代表(現代表理事)をはじめとした理事やスタッフと、半年ほど話し合いを続け、関係者みんなで納得して出した結論だ。でも、この結論を出すまでのプロセスはとても大変だった。

コアプラスは、多様な教育のあり方を紹介・発信しながら、多様な教育関係者がつながり対話し学び合う場づくりを行なってきた団体である。いわばプラットフォームなのだが、私は、自分たちの活動は「社会を変えられていないのではないか」という感覚が募り、具体的に現場が変容していく取り組みをしたいという気持ちが強まっていた。

ゆるやかな、多様な人に開かれた場をつくっていると、本当に様々な人がやってくる。傷ついたりしんどくなったりして、ケアや休養が必要な人。現状に不満があってグチを吐きたい、文句を言いたい人・・・。私は、民主的な学びの場が日本中に広がっていくことを望んで活動しているが、根本的な価値観を共有できない人がやってくることもある。

いろんな人を受けとめる、いろんな人と一緒にやる、というのは正直なところ、すごく大変だしエネルギーが必要だ。多様性というのはきれいごとではない。合意形成には時間がかかるし、考えや行動様式が異なる人と一緒に物事を進めていくのは、ふつーに考えてストレスフルだ。

明確な目標がないときには、多様性を大事にすることは容易い。また、同じ価値観の人たちとコミュニティをつくり、「多様性を大事にしなきゃね」と確認し合うことも容易い。けれど、具体的な何かに向かって、誰かと一緒に行動を起こそうとする時、「みんな違ってみんないいよね」とはならない。

誰もが、自分の人生という小さな舟に乗っている。みんなの人生を包摂できる大きな舟をつくれたら、素敵かもしれない。けれど、まずは一人ひとりが、自分の小舟を自分の意思で動かすことが一番大事なんじゃないかと最近強く思う。他の人を自分の舟には乗せられないし、「みんなの舟」は結局誰の意思で動いているのかよく分からない。誰かの舟に乗っかって自分の意思を汲んでもらおうとしたり、自分の舟を乗ってきた誰かの意思を汲んで動かそうとすると、なんだかちぐはぐになっていく。同じ目標がある時は、小舟が集まって船団をつくって動けばいい。違ったな、と思ったら抜けたらいい。目標が変わったら、解散してもいい。そう思う。

私の舟を動かすもの

私には、なんだかずっと「こんな社会は嫌だ」という怒りと、「自分にすべき仕事がある」というような使命感がある。おそらくそれは自分が、マイノリティが多くいるコミュニティで育ったことに由来している。

私は、被差別部落で生まれ育った。その部落を含む校区には、他にも在日の人がたくさん住んでいたし、経済的にしんどい家庭も今思うと多かった。そして、地域にはマイノリティの立場から、社会を変えていこうとする運動があった。学校もそういう地域性に影響を受けるかたちで「人権教育」が盛んで、私はそういう地域と学校で、自分の根っこが育ったと思っている。

差別や貧困によって、生きたいように生きられなかった人たちの歴史。立ち上がって闘ってきた人の思い。存在を無視されることによって受ける傷がどういうものか。一人ひとりが自分自身を肯定できることが、生きていくうえでどれほど大切か。そして、尊厳を傷つけられることは、命に関わる問題であるということ。

どんな属性やアイデンティティを持つ人も、”自分”が損なわれず、生きたいように生きられる社会にしたい。これまで出会ってきた人たち、自分につながっているたくさんの過去生きてきた人たちのストーリーが、私の舟を動かしている。

大学に入って、ピースボートに乗り、NPO界隈に出入りするようになって、昔ながらの社会運動や、人権運動のあり方に、疑問を抱くようになった。「人権が尊重される社会を」「多様な人が生きやすい社会を」というメッセージを発している運動の中は、とても画一的で、トップダウンで、小さな声は無視されているように感じた。自分で考えることを、求めていないようにも思った。その矛盾に苛立ち、「自分はそういう活動はしない」と強く思い、だから自分の舟は、多様な人の声が聴ける舟にしなければと思ってきた。

しかし、今回コアプラスの代表理事を降りるまでの経過は、私自身のやりたいことが明確化していく中で、団体内に多様な意思があるのを、いいことだと思えなくなる、という体験だったように思う。みんなで対話して意思決定する小舟の船団をつくるのではなくて、私はあくまで私の舟を動かしたいらしい。そのエネルギーは、前述したようなところから多分湧き上がってきていて、自分でも抑えるのが難しい。

「これって多様性を大事にしてないのではないか」「自分は言っていることとやっていることが矛盾してるだろうか」「どんどん排他的/不寛容になっているんじゃないか?」そんな自問自答があったが、最終的に今は、自分はこれでいい、と思えている。これからの自分がどう進んでいくのか、自分でも分からない。けれど、その時その時、自分の頭と心と体がいうことを聞いて、湧いてくるエネルギーを生かして舟を動かしていきたい。

writer:

武田 緑 Midori Takeda

教育コーディネーター/学校改革サポーター/教職員研修ファシリテーター。
民主的な学び・教育=デモクラティックエデュケーションを日本中に広げることをミッションとして、教育関係者向けの研修の企画運営、現場の課題解決のための伴走サポート、教材やツールの開発・提案、キャンペーンづくりなどに取り組んでいる。

現在、DEI-Democratic Education Initiative-の発起人として全国の教育現場の取り組みを支援しつつ、NPO法人授業づくりネットワーク・理事、学校働き方研究所・ファシリテーター、 一般社団法人はらいふ・理事、WEBマガジンここここ・編集長、東淀川区こどもの居場所づくりアドバイザーなどを兼任。

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