インタビューvol.8 本城慎之介さん「灯りひとつ持って」
やっぱりチームではないと思うんです。いいチームなんか目指したら絶対いけないなという感じがしているので、チーム作りをしようとか、いいチームを作ろうと今は思わないようにしています。いいチーム・組織という言葉は危険だなと思います。
やっぱりチームではないと思うんです。いいチームなんか目指したら絶対いけないなという感じがしているので、チーム作りをしようとか、いいチームを作ろうと今は思わないようにしています。いいチーム・組織という言葉は危険だなと思います。
分かりたいから関わると言うよりは、関わらないと分からなくなるという感じかもしれません。関わってみても結局わかり合えないかもしれないけど、関わったことがあるだけで、攻撃しようとまでは思わなくなるのではと思います。違う価値観の人を全然わからない未知の生物と見てしまうのではなく、違うけれど悪い奴じゃないと思えば、関わらないけれど、怖くもない。
障害のある人の一番のポイントは人に助けてもらわないと生きていけないということです。「人に助けてもらわないと」と言うとマイナスっぽい感じですが、本当は人がつながったり、助け合いができたり、お互いがいい意味で変わっていくというのができる、よい「チャンス」なんです。
「探究」をやりたかったというよりは、「探究」というものに出会い、「探究」というものに惹かれました。探究とは、私にとっては、五感を使って入れた知覚情報を、何らかの形で処理してアウトプットするというプロセスそのものだったんです。
僕は楽しいことのためにはどんな苦労も惜しまない。船酔いが30年間治らなくて海に出ると毎回、2週間は血反吐を吐いてる。それでもヨットは楽しい。楽しいことだからできるし、がまんしたらできない。苦しい人というのは、苦しい方に舵を切っている。幸せは何かを得たから幸せなのではなくて、幸せな方に舵を切った瞬間、幸せになれる。
子どもたちには自己決定や自己責任みたいなものをちゃんと問いかけていきたいし、それがちゃんと育まれて最終的には「自己信頼できる状態」になって社会に出て行って欲しいなと思うし、それがアウトワード・バウンドの理念である「出航準備」ではないかと思っています。
「それってどういうことかな」「細い道をたくさん作ると古い街っぽくになるのかな」「じゃあ実際に作ってみよう」と思って作るのが空想地図です。図形脳で地図を再現するのか、身体と言語表現で再現するのか、表現手段の違いでしかありません。
「お互いに信頼している、一緒にやって行こう!」の50/50(フィフティ・フィフティ)ではなくて、むしろ100/0(百とゼロ)で始める。