2017年よりロープスコース(ローエレメント)を授業で活用し、2020年にハイエレメントを新設した流通経済大学スポーツ健康科学部学部長の黒岩純先生と必修授業を担当している椎名純代先生にお話を伺いました。
ロープスコース導入のきっかけ
ーーPAはどのようにお知りになったのですか?
黒岩先生(以下敬称略):スポーツコミュニケーション学科が新設される3年前(2013年)に新入生に対してモチベーションを高めるきっかけになるプログラムをPAJに依頼しました。3月の終わりにPAJのファシリテーターが上級生にトレーニングして、4月のオリエンテーション期間に、その上級生が新入生に半日のプログラムを室内で実施するというものでした。
そのオリエンテーションを見て、スポーツコミュニケーション学科を設立する構想の中で、PAを中心に据えていきたいと思いました。
ーーどんな部分がよいと思われたのですか?
黒岩:学科のコンセプトが、「スポーツを通じて社会に通用する汎用的なスキル(トランスファラブル・スキル)を身につける」というものでした。PAは体を使いながらスキルを身につけられると考えました。
最初はローエレメント、ハイエレメントを同時に建てようと思っていましたが、ちょうど校舎の建て替えがあったので、ローエレメントを先に建て、2020年にハイエレメントができました。
体験から学ぶ
ーー実際に学生がロープスコースで活動しているのを見ていかがですか?
黒岩:私は本当の効果を引き出すという点では、まだよくわかっていないところもありますが、パンパーポール(ハイエレメント)などを見ていると、学生の素が出てきて面白いですね。
ーー授業でハイエレメントを使ってみていかがですか?
椎名先生(以下敬称略):私の授業では、必ずペアやチームで協力しないと達成できない設定で行っています。そうするとビレイチームも含めてクラス全員が関わらなくてはいけなくなります。
コミュニケーションアクティビティやローエレメントでさまざまな体験を積み上げて、最後にハイエレメントをします。ローエレメントは身体が近い状態で仲間を支えますが、ハイエレメントになると命綱を使い、距離感があります。
身体的に遠く離れている中で、声かけや視線などを使って関係性を保とうとします。パニックになっている人をどうやって安心させるかなど、極限にいる人と下で支える人との関係性が授業の中で試されます。
ーー必修授業に来る学生さんはどのような様子でやってきますか?
椎名:学期の最初は、何をやるんだろう…と様子見をしている感じです。PAのステップに沿ってプログラムを進めていくと、チームがつくられていきます。その体験をふりかえることで、「チームってこうやってつくられていくんだ」ということを学びます。「名前を覚えた、誰かを支えた」という出来事が「チームになっていく」ということと繋がってきます。
学期の半分くらいまで経つと、「そういうことか!」と、何のためにこの授業があるのかがわかるみたいです。やっていくうちに、少しずつ繋がっていく感じです。
ーーまずは体験があって、そこに考える入り口ができるのですね。
アドベンチャー精神とフォロワーシップ精神
ーーホームページを拝見したところ、カリキュラムの中に「アドベンチャー精神とフォロワーシップ精神」がありますが、どのような思いが込められていますか?
黒岩:いろいろなことを試すことができる場があることが大切です。うまくいったり失敗しながら、何度でも挑戦すればいいんです。そういう点がロープスコースに結びつきました。
日本の教育では、できる・できない、ちゃんとしているかどうかという固定概念みたいなものに囚われています。うまくいくかいかないかわからないけれど、何にでも挑戦してみるという思いを込めて、「アドベンチャー精神」と言っています。その人が成長しようというプロセスが大切なんです。
PAでは失敗する体験を安心してできるような環境をつくることができます。失敗してもまた挑戦してみる、そういう精神が身についてくれるといいなと思っています。
失敗を糧に
ーー失敗も含めていろいろな体験をしてほしいと…
黒岩:いろいろ失敗して、それでも挑戦するという姿勢さえ身につけば、あとは何でもいいと思うんです。知識を身につけるのは大事ですが、学ぶためのスキルや心構えさえ身につけば、あとはなんとでもなります。
まずは心理的な安全を感じてもらって、その中で実践することの良さをふりかえりを使って感じてもらって。あとは好きなことをやってみたらいいと思います。
椎名:スポーツをやっている学生は、大なり小なりアドベンチャー、自分へのチャレンジをしているはずなんです。それをスポーツ以外の場面に対して、新しい環境でどう発揮できるかが大切です。
チャレンジを意識する
椎名:「この授業ではチャレンジしてください。ここでいうチャレンジとは、快適なC(コンフォート)ゾーンを出て、一歩自分で踏み出すということです」と伝えています。どんな小さなことでもいいし、人と比べなくていいから、チャレンジしてみることです。それは自分から意見を言うとか、積極的にやってみるなども含まれます。
授業後にはアンケートで「今日チャレンジしましたか?」「それはどんなチャレンジでしたか?」ということをきいています。チャレンジについての意識は半年経って変わってきている気がします。
ーーそういう意味では大学の中でいろいろな形のチャレンジが試せるのは、大きなことですね。学生さんがチャレンジしていくという点では、ロープスコースにはどのような意味や価値がありますか?
黒岩:特にハイエレメントでは身体的な危険を感じます。チャレンジという意味ではわかりやすいです。
日常生活にもさまざまなチャレンジがありますが、そこに対して意識的になれていない場合が多い。自分が成長することや、どんなスキルを身につけたいかということが明確になっていないと、そのチャレンジが見えてきません。
人前で話すことも、自分が思っていることをどれくらい開示するのかも、チャレンジです。それをチャレンジや成長の機会と捉えられる人と、そうではなくてただ緊張したということで終わらせる人もいます。
そう考えると、日常にあるたくさんのチャレンジは、ものすごく意識的になっていないと、それをチャンレジだと認識しづらいものです。ハイエレメントは芯から脅かされ、チャレンジに意識的になれるものだと思います。
学びの循環
ーー1年生の必修で学んだあと、下の学年を教えるようになるのですね。
黒岩:教える側になって初めてその学びが深まっていきます。下級生を教えることで、更に学んで成長していく場になっています。そういうサイクルができるといいなと思います。いまは椎名先生の1年生の授業に上級生が積極的に入って、毎回の授業のサポートをしています。
椎名:学生たちが他の学科のゼミに行って、出張PAもしています。すごく評判がいいです。ファシリテーターをした学生にとって、大きな学びになっています。あたりまえですが失敗もあります。「全然うまくいかなかったです」と落ち込む学生もいます。
その原因はプログラムの流れが悪かったり、ふりかえりの問いがまずかったりといろいろですが、また次にリベンジしていきます。学生は学ぶのが速いので、何回かやると格段にうまくなっていきますね!依頼してくれたゼミの先生から、学生ファシリテーターにお褒めの言葉をいただいたりしています。
これからの大学の役割
ーー今後、ロープスコースを使ってやりたいことは?
黒岩:いまは1年生の必修だけですが、サークル的なものをつくって、学生たちが日常的にファシリテーションできるようにしていきたいです。
自分たちがPAを体験すると同時に、指導側になれるようなトレーニングをして、いずれは地域の小中学校を呼んでPAをしたいですね。学生たちには、大学内の守られた環境ではなく、リアルにもっとチャレンジして、失敗してほしいと思います。
大学には地域のことをケアするという役割もあるので、可能な限り広がりを見つけてやっていきたいです。そのために学科の中心にPAを据えています。学生全員が経験をすれば、体験的な学びに精通することができ、そのスキルはどこに行っても活用できます。
子どもだけではなく、大人にも提供していきたいですね。地域の付き合いが希薄になっているなど、いま社会の課題とされているところに、大学として何かできないかを考えています。
「学ぶ姿勢」がロープスコースからつくられていくという確信があるので、地域の中でハブとなりながら、学生のチャレンジの場をつくっていきたいです。
(インタビュー:寺中有希、高野哲郎 2020.12.18.)